親譲りの無鉄砲で小供の時から損ばかりしている。小学校に居る時分学校の二階から飛び降りて一週間ほど腰を抜かした事がある。なぜそんな無闇をしたと聞く人があるかも知れぬ。別段深い理由でもない。新築の二階から首を出していたら、同級生の一人が冗談に、いくら威張っても、そこから飛び降りる事は出来まい。弱虫やーい。と囃したからである。
さまざまな価値観が交錯するこの時代、自分自身の生き方・働き方にどう向き合う? エッセイ連載「わたしと、シゴトと」では、毎回異なる書き手が、リレー形式で言葉をつむぎます。
今回の寄稿者は、ライター・作家のひらいめぐみさんです。複数回の転職で座れる仕事を探すうちに、気づけば学校の教室にあるような「自分専用の席」を追い求めるようになったというひらいさん。独立してもしばらく見つからない中、自らその席を生み出すために考えたこととは。
座る仕事を求めて
倉庫のアルバイトをしていた頃、わたしは座りたくて仕方がなかった。途中の短い休憩とお昼休憩を除き、9時45分の始業から定時終業の18時45分まで、ほぼ1日立ちっぱなしの作業だったからだ。その前に働いていたコンビニでは品出しをしたり、備品を補充したりする際に歩いたりしゃがんだりする動作があったので、いくぶんマシだった。しかし、倉庫での仕事は、検品の作業がメインなので、動くこともなくずっと立ちっぱなしだった。動きがないほうが、実はつらい。足がだんだん疲れてくると、足首をぐるぐる回したり屈伸をしてみたりするが、一時の気休めにしかならない。机の上にあるペンなんかをふいに落としたときには「あーら、やれやれ」と思いながらも、「よしっ! 今しゃがめる!」と、ここぞとばかりに長めに座り込んだ。トイレに行くときも、絶好の座るチャンスだった。今でも便座のことは椅子だと思っている。
経済的な理由で倉庫バイトから別の仕事へ転職しようと決めたとき、転職エージェントから送られてくる求人票で特に気にしていたのが職種だ。たとえば接客業なら確実に立ち仕事なので、どんなにほかの条件が良さそうでも選択肢からは外した。
しかし、こちらが希望しても採用されるとは限らない。結局最終面接まで漕ぎ着けることができたのは2社だった。先に採用の結果が出た1社を選ぶと、待っていたのは1日中座っていられるデスクワークではなく、オフィスビルの合間を小走りで駆け回る営業の仕事だった。座れる仕事はまた遠のいてしまった。

すぐそばに隅田川があり、ときどき気分転換に川沿いを散歩していました
そこからいくつもの仕事を転々として、ようやく物理的にも仕事内容的にも腰を据えて働けそうな会社へ入社した。おやつのスタートアップの会社で、ライティングに携わらせてもらうことになった。斜め向いに社長が座っているという席配置にもかかわらず、圧迫感がまったくなく、最初はなんの不満も浮かばないほど働きやすい環境だった。会社のお菓子も食べ放題、お昼は好きなときに行けるし、始業も10時から11時までの間ならいつでもよく、朝の弱い人間にはありがたい時間帯。そして、念願の座れる仕事だ。
ようやく自分の居場所が見つかったんだ。会社に出社するたび、大袈裟でなくそう感じた。10代の頃、教室に行けば自分の席があったように、会社に行くと自分のための席が用意されているのは、とてつもない安心感があった。
念願叶って手に入れた自分の席だったが、結果的にそれも手放すことになった。わたしには、会社員の働き方がまったく向いていなかった。期限の短いこまかなタスクをこなすことがどうしてもできず、体調を崩し、退職。なりゆきでフリーランスになり、ダイニングテーブルとソファのある自宅のリビングを仕事場にした。
「自分の席」が見つからない
最近はエッセイを書く機会のほうが増えてきているが、フリーになったばかりの頃はインタビューの執筆やイベントレポート、企業の媒体でサービスにまつわる記事を書くライターの仕事が主だった。
取材で外に出ることもあったけれど、基本的には家で過ごしていた。フリーになるまでは毎日職場に出勤する生活をしていたので、通う場所がなくなったことに気づくと、途端にこころもとない気持ちが押し寄せる。朝好きな時間に起きて、10時過ぎにお皿を洗いながら「あれ、会社行かなくていいんだっけ」と焦り、すぐに「そうだ、会社辞めたんだった」と我に返った。
自宅の本棚。書いている文章に行き詰まるときは、持っている本を読み返します
出社する場所がなくなったこと、取材がなければ誰とも話さず1日が終わってしまうことへの不安から、近所のカフェで仕事をするようになった。家にいるといつでもごろごろできるし、いくらでも昼寝してしまう。家で集中して働くのはなかなか難しい。
しばらくはカフェで少し仕事をしてエンジンをかけた後、残りを家でやるスタイルを続けていた。これが最適解だ、と思った。ところがエッセイの書籍の執筆をするようになってから、外で文章を書くのが難しく感じはじめ 、家にいる時間がどんどん長くなった。インタビュー原稿の執筆では周りの人たちの会話や音が気になることはないのに、エッセイとなると途端に小さな音や動きが気になり、集中できなくなってしまっていた。
外で仕事をすることにすっかり慣れていたので、今度はカフェでも家でも集中できず、「自分の席」が見つからない状態がつづいた。それでも、締切はやってくる。できなくてもやるしかない、と家でなんとか終わらせるようになると、今度は家で仕事をすることに慣れていった。1年ほど前に出版されたエッセイ本『転職ばっかりうまくなる』も、後半はほとんど自宅で書いた。
「働く場所」を再構築する

個人誌の装画を描いてくださった三好愛さんの絵と、花原史樹さんの直筆入りイラスト
自宅での仕事に慣れてきたある日、新しいノートパソコンを買おう、と思った。使っていたのは、7年ほど前、お金がないなか毎月ひやひやしながら7,000円弱を支払い、2年かけて完済して手に入れたMacbookだった。いくつもの仕事をいっしょに乗り越えた相棒を手放すことをなかなか決意できずにいたが、キーボードの母音の「I」と「U」が取れるようになり、明らかに仕事に支障をきたしていた。さみしいけれど、買い換えどきなのだろう。
パソコンを買い換えるまで、働く場所や環境を快適にしようと考えたことがなかった。わざわざ買わなくてもあるものでなんとかなってきていたから、というのもあるし、実用的なものにお金を使うのが苦手なせいもあるかもしれない。なにせ、仕事でいちばん使うパソコンですら、買い換えるのを何年も渋っていたのだ。新しいMacbookは、かな表示のないUSキーボードで、慣れるまでに少し時間がかかった。最初は新入社員と接するような、ぎこちない距離感だった。けれども、1か月もすれば自然に使いこなせるようになり、わたしとMacの微妙な距離感はすぐに解消された。
パソコンを新しくしてから、コンセントを差しっぱなしにしておかなくてもバッテリーが持つようになった。文章を書くたびちいさくいらいらしていた不必要な「い行」と「う行」のタイプミスもなくなった。仕事がほぼ生活になっているわたしのような人間こそ、働く環境を整えることを優先するべきだったのだと知る。
オンラインミーティングのときの様子。
ダイニングテーブルが低いので、ティッシュケースで無理やり高さを出しています
働く環境を見つめ直すようになってから、「『姿勢が悪いから整体に通ったほうがいいな〜』と思っていたけれど、もしかして普段仕事をしているときの環境の問題では……? 」と仕事用のデスクと椅子を置くことを調べるようになったり、健康のために1日1回は外に出て散歩をするようになったりしている。
フリーになってもうすぐ3年が経つ。毎日のように外のカフェで仕事をしていた1年目。外でも家でもうまく集中することができず試行錯誤する日々を過ごした2年目。ほとんど自宅で執筆をするようになった3年目。おそらくこれからはもっと、家で仕事をする時間が増えていくだろう。
転職を繰り返して、自分の心を守るための仕事選びはできるようになったけれど、自分が気持ち良く働ける環境をつくるのは、まだまだこれからだ。かわいいぬいぐるみなら迷いなくぽんぽん買えるのに、パソコンまわりの便利グッズ(キーボードの高さを出すやつやブルーライトカットのシートなど)や仕事用のデスクのことになると、無意識に後回しにしようとしてしまう。
デスクを買うとしたら、どこに置こうか。椅子は何色にしようか。読者の方や本屋さんからもらったお手紙をしまう引き出しもあるといいな。働く場所だからって、実用性だけで選ばなくてもいい。せっかくなら、自分が過ごしていてたのしくなるような場所にしたい。
暮らしと仕事がまじわる、小さな職場。この家に、この場所に、自分が自由につくることのできる、わたしの席がある。
ひらいめぐみ
1992年生まれ、茨城県出身。過去の著作に『おいしいが聞こえる』、『踊るように寝て、眠るように食べる』、『理想』、また6回の転職経験について書いた『転職ばっかりうまくなる』がある。たまごシールを集めている。
Instagram:https://www.instagram.com/hiramelonpan/
執筆:ひらいめぐみ 編集:桒田萌(ノオト)

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